人の人生というのは、老いてゆくにつれ、大きな「感動」というものが失われてゆくようである。若者のような「失恋の涙」もないし、プロスポーツ選手のような「勝利の歓喜」とも無縁である。しかし、日常の生活の中で、小さな「喜怒哀楽」というものは存在する。
いささか古い話題となってしまったが、昨年末の競馬グランプリ「有馬記念」は感動ものであった。断っておくが、私は競馬ファンではないし、その時の馬券さえも買っていない。そんな門外漢の私が競馬について述べる資格もないかもしれないが、そんな私でさえ、あの馬「ディープインパクト」の走りには感動したのである。
中山競馬場に12万人の大観衆の見守る中、14頭が一斉にスタート。レース中盤の彼は後ろから三番目でほとんど最下位、先行馬はますます差を大きく広げている。(おいおい、だいじょうぶか!)第3コーナーから第4コーナーへ、14頭の馬が一団となってきた。直線コースにかかるカーブ。彼が一番外側から、ぐんぐんと飛び出してくる。(来た!来た!いけ!いけ!)彼はひときわ大きなストライドで後続馬を引き離し、風のごとくゴールを走りぬける。(すごい!やった!やった!)・・・・・気がつくと私の目頭は熱くなり、うるうる状態となっていた。
あとで新聞で知ったことだが、中盤のどんじり状態は彼の指定席で、騎手は走りたがる彼を押さえていたようである。最後の最後にごぼう抜き、というあのような勝ち方は、並外れた力量あってこそ可能なことである。ハラハラドキドキのあとの大逆転―これは日本人の一番感動する形でもある。「水戸黄門の印籠」にも通じるかもしれぬ。もしかして彼は、人を感動させることを計算して、あのような走りをするのではないか(?)とさえ思える。いずれにせよ、彼は我々にディープインパクト(深い衝撃)を与えて、風のごとく飛んで、走り去ってしまった。
「願わくば人生の最終コーナーで大逆転といきたいが、ちいと無理かのう。どちらかというと、わしにはディープよりハルウララの方が、似つかわしいかもしれんわい。」