その09.銭湯

 私は年に何回か、神戸に行く機会がある。長男がそこに住んでいるからである。週末を利用して2~3日滞在するのだが、観光をしたり繁華街に出たりということはまれで、大抵はアパートの近くで食事をしたり、買い物をしたりということが多い。なかでも一番の楽しみは、車で10分程度の距離にある、いわゆる「ス―パー銭湯」に行くことである。そこには大きな露天風呂がついており、夜の明石大橋のイルミネーションが一望できるのである。温かい湯に身体を沈め、星空を見上げていると、現実世界のいろんな出来事をすべて忘れてしまっている。自分が原始の人間に戻ったかのように、何も頭に浮かばない「無我」の状態となっている。実に不思議な幸福感である。500円玉一個で味わえる、最高の贅沢と言える。

 ある時、私は奇妙なことに気付いた。その銭湯は夜の7~8時の時間帯には利用者も多く、かなりの混雑になり、腰かけて体を流す場所も順番待ちの状態になっている。しかし、そこで口論など聞いたことがないし、ましてや喧嘩など見たこともない。人間という動物は、衣服を脱いで生まれたままの姿になり、温かい湯につかっていると、怒りの感情を忘れるらしいのである。そこで私の提案であるが、一番人間同士の利害と対立の激しい舞台となる政治世界の会談なども、露天風呂でやってみてはいかがなものだろうか。今話題の「六ヶ国協議」なども、もう少しなごやかなものにならないだろうか。アメリカ、北朝鮮、中国、そして日本などの各国の代表が、みんな衣服を脱いでスッポンポンの姿で湯につかっているという光景は、想像しただけで楽しい雰囲気である。そこでは「拉致」も「靖国」も、きわめて友好的なムードで話し合えそうである。ところで、もし女性代表が来たらどうするか―それが一番の問題かもしれない。

「外人はいっしょに風呂に入るのを恥ずかしがるそうなけぇ、こういうのはちと難しいかのう。」