わが社に「Nさん」という人がおられた。過去形で語らなくてはならないのは、すでに退職され、しかも5年前に他界されているからである。その人は仕事の面でも有能であったが、非常に温厚で高潔な人柄ゆえ、社員の信頼の厚いひとであった。そして、会社の仕事だけでなく詩吟の会をもっておられ、「先生」として多くの生徒を熱心に指導しておられた。
このように立派な人格の持ち主であったが、一つだけ困ったことがあった。飲酒運転に対する罪の意識が、見事なまでに欠如していたのである。仕事を終え、詩吟の会の集まりがあるまでの空き時間に、夕食を兼ねてほとんど毎日のように飲んでおられたのだ。私もたまに、「ちょっと行きますか」と誘いがかかり、お相伴に預かることがあった。当然ながら、私も帰りは飲酒運転ということになる。
ある時、私がたずねた。「毎日のように飲酒運転をして、よく捕まりませんね?」すると、よくぞ聞いてくれましたとばかり、答えてくださった。「必ず会社の制服を着て、帽子をきちんとかぶらないといけません。そしてもし検問にかかったら、すぐに窓を全部下ろして、『ごくろうさま』と言うのです。『遅くお帰りですね』と聞かれたら、『会社の勉強会がございまして』と答えるのです。」-何ともすばらしいアドバイスである。この方法で、最後まで検問に引っかかることなく、おいしい酒をたらふく飲んで、一足先にあの世に逝かれてしまった。このようなことは、今ほど飲酒運転を厳しく言われなかったからこそやれたことである。最近のような飲酒運転撲滅キャンペーンを見られたら、Nさんは何といわれるだろうか。現在の花満の状況については、何と言われるのであろうか。かなわぬ夢であるが、聞いてみたい気がする・・・・・。「すばらしき人」との「古き良き時代」の思い出話である。
「仲のええもんと酒を飲んで話すんは、ええもんよのう。ほいじゃが飲酒運転はいけんで。」