その27.東京にて

 私は再び練馬の居酒屋「K」にいる。上京の機会があると、出来るだけ立ち寄ることにしている。「懐かしさ」もあるが、この店のもつ「活気」が好きなのだ。相変わらず店は満席である。入って右の2列のカウンター席には、1人酒の男たちがぎっしりと並び、7つあるテーブル席には、職場の仲間らしきグループ、若いカップル、外人さん達など、老若男女交えて、実に多様な人間模様である。1週間の仕事を終えた男たちの、大きな声と笑いが渦巻き、店内は喧騒と熱気が充満している。私は、この店で偶然に隣り合わせた、ある大手企業の社員の話を思い出した。彼は地方の支店から、東京の本店の勤務になったばかりだった。「前は楽だったけど、今は3倍働かされていますよ」と、しみじみと語った。彼の話を聞いて、「東京で働くのは、本当は大変なことなんだ」と、その時、私は妙に実感したものである。この店は、大都会で生きる人間たちの縮図であり、「東京砂漠」のオアシスなのかもしれない。

 言うまでもなく東京は、日本の政治、経済、文化の中心であり、世界有数の近代都市である。昼間人口は2千万を超えるであろうし、京浜地区全体でみると3千万人の人口を擁する、巨大な経済圏であると言えよう。この街には、人間の欲する、金、仕事、名誉、性、食など、すべてを充足させるだけの、容量と大きさがあるのだ。それゆえ、若者たちは地方から、この街をめざしてくるのであろう。かつての私のように、いろいろな「夢」を求めて…。しかし、この大都市は人間が安心して住める場所とは言いがたい。食料と物資とエネルギーが、巨大な輸送パイプで安定的に供給されてこそ、多くの人間の生息が可能なのだ。もし、地震などの自然災害で、電気と輸送機関が停止したらーこの街に住む多くの人たちは悲惨な状況になるということは、容易に想像できる。

 今日は、いつにもまして客が多い。オヤジは客の采配と、モツ焼きに忙しい。「そこ1人つめてくれる!悪いね!」さっきから叫び続けている。時折、かたわらのカップ酒で、のどを潤す。私は、生ビール大とホッピー2杯を飲んで、いい気分だ。ふと目を上げると、壁に貼られた黄色いビラが目に入る。『Kちゃんライブ ボサノバとジャズのコラボレーション』などとある。「なんだ?こりゃ」気になった私は、帰り際にオヤジに尋ねる。「あれ何?どこでやるの?」「何言ってんだい!ここで生演奏やるんだよ!」「すごいね!」―やはり、このオヤジは只者ではない。以前、テレビの刑事ドラマの撮影をここでしたと言っていたが、今度は文化活動である。こんな人がいて、それに協力してくれる人も沢山いるーやはり、東京というのは、おもしろい街である。


「若い時は都会もええかもしれんが、歳をとって住むんは、やっぱし田舎のもんよのう」