その26.髪の毛の話

 私は髪を短く刈り込んでいる。人はこの頭を「坊主」とか、「ハゲ」とか言っているようだが、わたしはそれを認めるつもりはない。わたしの頭は何と言われようと「5ミリのスポーツ刈り」と主張しているし、理髪店でもそのようにオーダーしている。口の悪い同僚のM氏などは、人前もはばからず「ハゲおじさん」などと呼ぶが、決して愉快な気分ではない。髪フサフサの人が言うのなら我慢もしようが、同類の頭の人に言われたくないのだ。いつからこのような髪型(?)にしたか、定かではない。おそらく、20年位前からのように思う。正直に告白すれば、それより、さらに10年位前から私は自分の後頭部が寂しくなっているのを感じていた。手鏡を持ち、いかにしてそこが目立たないようにするか、髪を撫で付けていろいろと工夫したものである。うわさの「薬用養毛トニック」などというものに手を出したのもこの頃である。しばらく使用してみたが、やがて「無駄な抵抗」であることに気づいた。その養毛剤は、以前この欄に登場したNさんのお勧め品であったが、よく考えてみると、ほかならぬNさん自身が30代で見事な光頭の人であった…。

 苦悩の日々が続く中、ある日、私の脳裏に、すばらしい「ひらめき」が生まれた。「薄い部分を隠そうとするから無理がある。全体を薄くしてしまえば目立たなくなるではないか!」-これは我ながら、すばらしい発想であった。私はさっそく理髪店へ走り、「5ミリのスポーツ刈」と叫ぶ。彼は一瞬とまどって「こりゃ、丸刈りじゃないんかいの」とつぶやいていたが、ともかくバリカンで私の髪を落としてゆく。次の日、私はいつもより深く帽子をかぶって仕事をしていた。朝礼が始まり、やむをえず帽子を取る。私の周囲から「オオオ~」という、どよめきの声。さすがの私も、恥ずかしさで顔が「カア―」と熱くなる。しかし、何も心配することはないのである。人の目というのはすぐに慣れるのだ。3日もすれば、誰も私の頭など気にもしなくなったのである。

 振り返って、わが社の社員をみると、私のような頭が、けっこういるではないか。なかには明らかに「ハゲかくし」と推測される者もいるが、せっかく髪があるのにどうして?-と思える若い衆もいる。1度この頭をやってみると、その「魅力」に取りつかれるのであろう。ずいぶんと気楽な上に、ブラシ、ドライヤー、整髪料が不要で、実に経済的である。それに夏場に汗をかいた時には、タオルでひと拭き、さわやかで清潔である。まさに、市場の現場労働者向きのヘアスタイルと言える。「格好」と「見栄え」さえ気にしなければ、という条件付であるが…。そう言えば、「坊主と乞食は3日やったらやめられない」などという格言(?)もあるではないか。

「たかが髪の毛、されど髪の毛。ほうは言うても、ないよりあるほうがええよのう」